2014/06/11

錆びてなお光るもの

雨風にさらされて時を重ねて綺麗にフェードしてゆく自転車があれば、そうでないものがある。とりあえずの修理が完了して私の目の前にある白い自転車は、まさにその後者の最たるもの。サビや汚れが美しさに全く繋がらない。それは製品の根幹に歳月の経過に耐える設計が施されていないから。色や値段だとか、古さだとか、用途や素材だとかは一切関係ない。どんな単純な製品にでも魂を込めることは可能なのにそれをされず、消費されるために産まれた哀しき道具。


この手の製品は使用者が愛情を注ぎ続ける間は生きながらえることができるけれど、それが途絶えた瞬間に寿命を迎えて二度と自らを主張することはない。錆びてなお再生を待ち望むかのような煌きはどこにもないのだ。しっかりと手入れされた道具が美しいのはあたりまえ。そのものが持つ本来の強さや生命力は、人の手を離れた時にくっきりと現れる。

寂しさすら感じるこんな思いをしないために、事象の真髄を見極め無駄な消費を慎まねばならないのに、次々と浪費を重ねる私がここにいる。ホントにダメだなあ、もう…



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